LOST RARITIES - 絶滅危惧的録音芸術

岡井大二(ex-四人囃子 & L⇔R(エルアール))の息子の目線から、録音芸術最盛期のプロの仕事が垣間見れるエピソードを読みやすく残すための取材記事群。および個人的趣味レコメン記事(頭数合わせ)。

プログレ⇔マニアック / 初期L⇔Rエルアールは音の遊園地

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~エルアール育ち~

物心ついた頃を振り返りまず思い出すのは、父(岡井大二)が煙まみれの仕事部屋で爆音でかけていた、制作途中のエルアールの楽曲たちです。黒沢兄弟にも小さい頃はよく遊んでもらっていました(家に来てはスプーンを曲げるお兄さん)。その後スターダムに上がっていった黒沢健一さんは僕にとっては正にヒーローであり、また彼の”才能が評価されきらない”という悲劇からも僕はいろんな影響を受けて育った気がします。

黒沢健一さんが亡くなられたこととL⇔R25周年を記念した一連の再発売によって、エルアールの音楽がまた少しだけ、注目を集めることになりました。気持ちは複雑ですが、おそらく最後の機会だと思うので、微力ながら僕からも後押しをしたいと思います。

一般的にはヒットソング一発屋の印象があるエルアールですが、実はデビュー当時、非常にマニアックに作りこんだ録音で業界を驚かせたという隠れたストーリーがあります。意外と、洋楽ファンや変態ポップファンなんかに響くサウンドをしているんです。当時中心的な役割を果たした岡井大二から聞いた話を元に、初期エルアールのサウンド作りに絞って少しまとめてみました。新たな人々の耳に届く一助に少しでもなれば。

※試聴リンク付です。本当にいろんな音が入っているのでぜひイヤフォンなどでどうぞ。

目次

・初期はプロジェクトチーム

・エルアールはプログレなのか (3曲)

・コラージュとオマージュによる革新 ~チームの目指したもの~(1曲)

・録音至上主義(4曲)

・解説不要の名曲たち(2曲)

 

初期はプロジェクトチーム

初期エルアールは "バンド" ではなく "プロジェクト・チーム" と表現するのが正しいんだろうなと思います。聴けば分かる通り「これのどこが新人バンドやねん」な、重厚な音作りをしています(ヒット後の方がよほど若々しく、バンドしてます)。具体的にはこんな陣容です。

・60'sポップへの造詣が異常に深く、また稀代の作曲 / 歌唱能力を持つ黒沢兄弟

・プロデューサーとしてレコーディング・アレンジ全般を手がけ、またドラムスとしては洋楽的なグルーヴを貫いた岡井大二 (ex- 四人囃子)

L⇔Rサウンドの要であるオーケストレーション&キーボード&デバイス担当。もう一人のベテラン演奏家遠山裕さん

・耳年増軍団の中にあって最も真っ当に90年代モダンなグルーヴとサウンド感覚を持っていたベースの木下裕晴さん

・無理難題を実現し続けたレコーディングエンジニアの西秀男さん

 

エルアールはプログレなのか

「初期はプログレなんだぜ」とつぶやいてくれる方が、今回多くありました。注釈付で、その通りです。まずは表面上も "プログレ" ライクな楽曲から紹介します。

[PACKAGE]

当時最先端であった Loop グルーヴを手法だけ採用。いかにもなファンキードラムを充てることはせず、敢えてジョン・ボーナム的な "重いのに手元では跳ねている" ドラムスを配合。メロディ周りは60'sサイケ。というコンセプトだそうです。個人的には歌メロと着かず離れずで丁寧に作られた逆再生ノイズがツボです。※別mixの方がベースラインのモダンさが聴きやすいのでそちらもぜひ。

 

[7 Voices]


メリーゴーラウンド的というか、見える景色がコロコロ変わって行く形式のニューウェーヴ・ポップ。「一言で言うと、エルアール流の 10cc」だと。ドラムスの入れ方からサウンド全般に至るまで岡井大二臭が強すぎるきらいもあります。 録音物ならではのアレンジな一方、ライブでは一転してシンプル/ラウドに仕立てられ、会場が沸く曲としてもファンには知られています。

 

[想像の産物]

スペース・サイケなバラード。 右チャンネルの Beatles某曲風なドラムフィルは、減速再生です(※曲のテンポよりも速い速度で演奏・録音しておき、再生速度を落としてMix。結果、ショット音がズンズン重くなり、シンバルがジュワーンと長く響く)。本ロングバージョンは中間部に岡井⇔遠山らしいサイケな間奏があります。

ちなみに上記のようなサウンドの補強を除き、この楽曲のアレンジはほぼ完全に、10代だった黒沢兄弟のデモがそのまま採用されているとのこと。ベテラン勢に負けず、黒沢兄弟も相当な変態だったことが分かる好例です。

 

と言う訳で、彼らのプログレは「長い!複雑!理屈っぽい!」なジャンル分類としての ”プログレ"ではなく、ポップソングの録音物の中にどれだけ最先端のサウンドを盛り込めるかという遊び心のことだと理解下さい。※古くは『Sgt. Pepper's..』に始まり、当時で言えば「Radioheadblur ってプログレだよね」と言っちゃう時の感覚です。

 

コラージュとオマージュによる革新 ~チームの目指したもの~

エルアール流プログレポップ(以下、エログレとする)の真骨頂は、もう少し分かりずらいところにあります。「ハイファイとローファイの逆転による時代感の倒錯」「異質なサウンドの1つの楽曲内の混在/同居」と言った感じです。

代表曲はズバリこれです。

[Lazy Girl]

"Beatles or 同時代のマージービート" (A/Bメロ) と "Four Seasons" (サビ) が交互に出てくるという構成で、特筆すべきはそのサウンド作りの徹底ぶりです。この曲では事実上2曲分の録音作業をしたそうです。どういうことかというと、①A/Bメロはオンマイク(各楽器を独立して録音し個々の音像をつくる)、②サビはオフマイク(バンドサンウド全体を1箇所から集合的に録音)と、完全に異なる環境で録音しサウンドをガラっと変えています。また、まずA/Bメロ用環境でサビを含む1曲分を通して演りきり/録りきり、そこに合わせる形でサビの録音が行われたそうです。「コーラスごとに細かく別録りすれば楽なのに」というのは純宅録派の発想だそうで、そうはしない理由は、同一テイクのグルーヴの一貫性を失わないため。ここは演奏力の伴ったベテランならではの判断かなと思います。

オフマイク録音の雰囲気はもちろん、左チャンネルに振り切りリンゴそのものような録り方をしたドラムなど、60's ローファイサウンド再現への偏執的なこだわりがある一方、最終的な仕上がりは当時最高峰のハイファイであることにも徹底的にこだわることで、本来有り得ないサウンドの混在を実現しています。当時は既にデジタル録音が主流であったとは言え、それでも限りのある録音トラック数に2曲分の音源を割り振り品質を保つのは大変な困難で、西エンジニアのアイデアと技量があって始めて実現可能であったそうです。

※小ネタ:サビの直前に、分かる人には分かるサンプリング遊びがあります。

このようなコラージュとオマージュによる違和感の醸成は、初期エログレに通底するコンセプトだと言います。背景としては、80年代までの "誰にでも分かるサウンド革新" の時代が終わり多様化に進んでいた90年代初頭、ひとつの最先端として「超ローファイ発想な(レガシーな雰囲気の)素材を、逆に思いっきりハイファイな手法で聴かせる」という世界観がありました。洋楽で言えば Jellyfish(バンド)や、Mitchell Froom & Thcad Blake (プロデューサー / エンジニアのコンビ)の手がけた作品がそれです。初期エルアールはそれらと志を同じくし、またそれらと比較しても同時期もしくは早くすらありました。たぶん当時のチームには「世界の先端に立ったぞ、してやったぞ」という思いまでもあったのではないでしょうか(しかしそのこだわりは、細かすぎて市場にはなかなか伝わらなかったようですが)。

 

録音至上主義

なんとなくエログレのやり口が伝わったところで、ライブでは再現し得ない録音至上主義なサウンドの曲をもういくつか紹介します。

[Laugh So Rough]

J-POPではそうそう見かけない重厚なコーラスワークもエログレ・サウンドの特徴です。男声なのに高音な黒沢兄弟あっての美しさがあります。これはアルバムのタイトルトラック?ですが「曲が足りなかったから」その場で作り上げられたという佳曲。ちなみに実は岡井大二は "プログレ" は嫌いで、こういったコーラス・ポップのアレンジをするのが大好きです。

 

[Holdin' Out]

岡井大二流コーラスアレンジの真骨頂の二つ目。僕はこの、巨人の咆哮のような圧迫感のあるコーラスワークは、幼い頃は好きになれませんでしたが。中間部も渋すぎるし。 コーラスの魔術師といわれたカート・ベッチャーのやり口を現代的に拡張したものだとのこと。また、録音には先述の[Lazy Girl] 同様に2曲分の労力が割かれており、こちらは ゾンビーズ / バッド・フィンガー風サウンドとデイヴ・クラーク・ファイヴ風サウンドの混在がコンセプトだそうです。間奏部の演奏はもろにザ・バーズ

 

[Rights and Dues]

岡「イントロをなんか大げさにしたい」→ 遠「いいよ」でさらっと書かれたというプログレなオープンニング、全コーラスで毎回アレンジを変えてくるバロック・ポップなオーケストレーション、後奏のBeatles風サイケ展開と、遠山裕さんの秀才ぶりが炸裂した作品。遠山さんがグループサウンズ出身だとはにわかには信じられません。本曲はなんかもう発音以外はほぼ洋楽。※英詩はネイティヴ監修付。

 

[One is Magic (and the Other is Logic)]

これは岡井大二の悪乗りにあふれたサイケ録音。中間のごちゃ混ぜサイケなスタジオ遊びはいかにもex-四人囃子らしい。また、随所に、分かる人には分かるサンプリング遊びがあります。自バンドではあまり演らないが実は岡井大二の得意な、ミッチ・ミッチェル風(或いはキース・ムーン風)の暴れるドラムも聴きどころです。あと、一部、同アルバムの別曲のドラムを再生速度を落として重くして再利用しているらしい。

 

解説不要の名曲たち

以上、一般的に持たれている印象とは違った、初期エルアールの録音至上主義な一面を紹介して来ました。しかし、もしファンの方が読んでいたら「おいおい初期と言えばなぜあの曲入ってないの」と言われること請け合いです。最後に、稀代のメロディーメーカー黒沢健一が遺した、解説不要なほどの初期の名曲を貼り付けて、終わりたいと思います。歌い継がれてほしいな。

[Bye Bye Popsicle - 一度だけのNo.1]

※この曲には弟:黒沢秀樹さんの方の60'sポップ好きのエッセンスも多分に含まれています。

[Younger Than Yesterday - 迷宮の少年たち]

 

※このnoteは、私個人の黒沢健一さんへの追悼として独断で投稿したもので、岡井大二を含むエルアール関係者は一切関係していません。公式な情報発信ではないことをご理解ください。

※この25年の間に父(岡井大二)から聞いた話を元にしていますが、一部誤認などもあるかもしれませんのでご容赦ください。

2017/2/4 岡井恒介, note.mu/okaigo より転載